学習院大学で、日本政治過程論の対面授業に出席しています。
たぶん、この大教室は、1985年2月に、私が学習院大学文学部史学科を受験した教室です。
そして、担当の教授は、おととし私が統計処理ソフト・Rを理解できず、途中で投げ出したゼミの指導教員でもあります。
出席を取るためと、小テストを実施するため、スマホにresponをインストールしてくれと言うことでした。
教授によれば、「難しくない。スマホを日常使用していれば、できる。」
私には簡単なことではありませんでした。
学習院大学の計算機センターに自分のスマホを持ち込み、インストラクターにインストールしてもらいました。
インストール画面は検索しても出て来ず、メールアドレスは新しく作らなければならず、自分のアカウントだけではなく大学のアカウントも作成しなければならず、と困難を極めました。
20分遅れで日本政治過程論に出席しました。
面白い話をしていました。
世代が下になればなるほど、自民党と共産党が左右両極端であることを理解できず、若い世代の中には「自民党が革新」「共産党が保守」と誤解している人も少なくないそうです。
冷戦を経験していないことが決定打になるそうで、リベラル→自由→改革、という連想をしてしまうそうです。
現在の50歳が冷戦を知るか知らないかの分水嶺だそうです。
自分の育った社会背景によりイデオロギーが形成されることを「政治的社会化」と呼ぶそうです。
1993年10月、新右翼活動家の野村秋介さんが、ソ連崩壊を挙げ、「打倒対象がなくなった」と朝日新聞社長室で拳銃自殺したことを思い出しました。
もしこの時野村さんが拳銃自殺しておらず、現在も新右翼運動を続けていたら、今頃誰に呼び掛けたらいいかも分からなくなっていたと思います。